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【風の谷のナウシカ】人類は本当に進歩しているのか?

 本日ご紹介するのは1984年に公開された「風の谷のナウシカ」について

科学文明の崩壊後の世界を描く宮崎アニメの代表作である。

 

作品テーマ:戦争と環境問題について

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風の谷=前近代の暮らし

物語はのどかな風の谷の暮らしから始まる。
自然への畏怖の気持ちを持ちながらも、自然との対立を避け共生していこうとする姿勢は前近代的である。

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風の谷の風車と豊かな自然。自然との共生の様子が伺える。

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王蟲の抜け殻に喜ぶ風の谷の民。人工的ではなく自然にあるものを生活に上手く取り入れている。

 

近代国家の侵略に脅かされる風の谷 

しかし、そんな風の谷にある晩輸送船が墜落する。輸送船には生物兵器である巨神兵が積み込まれており、風の谷は巨神兵を狙うトルメキア軍に襲われることになる。

 

トルメキア軍は、風の谷の国王ジルを殺害し、風の谷を植民地として支配する。強力な兵器をもつトルメキア軍に為す術のない風の谷。前近代の国が近代国家によって侵略を受けるのは人類の歴史と類似していないだろうか。

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被支配国として働かされる風の谷の民。

 

支配国は、自らを正しく価値のある存在であると考える。
そして、おせっかいなことに価値のない従属国に自分たちの価値観を強要し“正しい”方向へ導こうとする。


トルメキア皇女クシャナの台詞は、近代国家が前近代国家に近代化を強いてきた歴史を代弁している。

 

「我らは辺境の国々を統合し、この地に王道楽土を建設するために来た。そなたたちは腐海のために滅びに瀕している。われらに従いわが事業に参加せよ。腐海を焼き払い、再びこの大地をよみがえらすのだ。」

 

やがて、風の谷はトルメキア対ペジテの戦争に巻き込まれる。本来戦争とは無縁だったはずの風の谷だが、皮肉にも戦地の中心となってしまう。

 

風の谷のナウシカ」は1982年に原作が連載開始され、1984年に映画が公開された。戦争を題材にしたこの作品が1980年に勃発したイランイラク戦争とは無関係とは思えない。宮﨑駿はこの作品を通して戦争に対する考えを伝えようとしているのではないだろうか。

 

環境破壊によってもたらされた世界

そして1980年代はそれまでの高度経済成長により、激的に技術革新が進み、劇的に生活は便利になり、急激に自然破壊が進んだ時代でもあった。

 

風の谷のナウシカには戦争の他にもう一つのテーマがある。作品の冒頭シーン。

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巨大産業が崩壊してから1000年

錆とセラミック片におおわれた荒れた

大地に くさった海…腐海(ふかい)と

呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の

森がひろがり 衰退した人間の生存を

おびやかしていた 

 

風の谷のナウシカ」は産業によって滅びた後の世界が舞台となっている。ここで自然との向き合い方について作品の登場人物を整理してみると下記の通りになる。

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風の谷の人間:前近代の人間=自然に従う人間、自然に怯える

 

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トルメキアとペジテの人間:近代の人間=自然をコントロールしようとする。自然を自分たちの意のままに利用しようとする。

 

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ナウシカポストモダンの人間=自然と人間を越境できる存在。自然と対話を求める。

 

腐海の森と王蟲(オウム)を始めとする蟲に怯えて暮らす風の谷の人々は、図らずもトルメキアとペジテの戦争に巻き込まれていく。だが人類の争いこそが大地を汚す原因であることをナウシカは知る。

 

 ナウシカは言う

「汚れているのは土なんです。この谷の土ですら、汚れているんです。なぜ…誰が世界をこんな風にしてしまったのでしょう… 」 

 

ナウシカのこの台詞は文明の進化を優先し、自然環境を破壊してきた人類へのメッセージそのものだ。

 

作品が訴えるのは、人類としてスタンス

 風の谷のナウシカは1984年に公開されたが、この作品がテーマとしている戦争も環境破壊も解決できずにいる。

 

イランイラク戦争(1980-1988)、湾岸戦争(1990-1991)、アメリカ同時多発テロ事件(2001)、イラク戦争(2003-2010)そして2015年イスラム過激派組織であるISによってパリ同時多発テロ事件が引き起こされた。戦争の連鎖は未だに断ち切れていない。

 

また、環境破壊に至っては1962年にDDTによる土壌汚染 レイチェル・カーソンの「沈黙の春」によって告発されてから50年以上たつ。その間に日本では公害(水質汚濁、土壌汚染、大気汚染)が発生し、今なおCOP21という形で地球環境へ議論がなされているが、自国の利益が優先され、地球という視点で合意形成がなされることはないだろう。

 

「仕方がない」と言って戦争を進めるペジテの人間は、国際関係を気にして戦争に加担してしまう国々と類似している。そうして私たち人類は同じようなことを繰り返して今日を迎えているのだ。

 

技術革新が進み、私たちの暮らしは飛躍的に向上した。未だに戦争をし、また環境破壊の問題を解決できずにいる私たち人類は本当の意味で進歩できているのだろうか。

 

物語ではトルメキアとペジテの争いはナウシカの献身的な行動によって集結を迎える。私たちは未だにナウシカのように献身的になれずにいる。おそらく現実にはナウシカのような存在は難しいのかもしれな。それでも物語は腐海の底で植物が芽生えて終わる。それは宮﨑駿が作品を見た人に送る希望の芽のようにも思えるし、宮﨑駿の人類に対する期待のあらわれのようにも見える。

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